2005年10月16日
夢と希望そして志…米内青果
オヤジが懇意にしてもらっている札幌中央卸売市場の米内青果株式会社にお邪魔しました。米内青果は、こだわりがある会社で、ただ安ければいい、美味しければいいではなく、子々孫々の代まで胸がはれるような安全な野菜・果物にこだわっているそうです。その商売に切り替えたら、先代に「おまえは頭がおかしくなったのか!」と言われたそうです。それでも歯を食いしばって、全国に同じ志のものを増やしながら、有機栽培など安全な新しい農業によって生産された物中心に扱っているそうです。写真は、熱っぽく語る米内社長。
この横断幕が米内青果の心意気
米内青果の店内

パパイヤ見つけた!
2005年10月16日
札幌中央卸売市場に行った!
私のオヤジは、長年、札幌中央卸売市場の青果会社に勤めていました。定年迎えて今は悠々自適ですが、それでも、今もたくさんの知り合いが市場にいて、時々オヤジも挨拶がてらお邪魔しています。実は、子供の頃から、寒い冬でも休むことなく朝の4時過ぎには家を出て行くオヤジを尊敬していました。並みの人間にはできないことです。ですから、私を含め兄弟たちは、そんなオヤジの背中を見て育ったせいか、グレたり、学校をズル休みしたりといった親に心配かけるようなことは何一つなく大人になりました。ところが、今までそんなオヤジの職場に行ったことはただの一度もなかったのです。社会人としてあと5年ちょっとで定年を迎える私が初めてオヤジの職場だったところに足を踏み入れました。朝早くから活気のある場所で清々しいエネルギーを感じました。オヤジはここで仕事をしていたんだ!今、青果専門の建物が建築中で、青果部門は間借り状態なんだそうです。写真は、水産・生鮮部門の場所まで出かけてパチリ!
タラバだ!タラバだ!
タラバガニの
オン・パレードだ!
2005年10月15日
日本舞踊の襲名披露舞踊公演に沖縄の花が咲きました!
四代目家元・若柳旭甫先生が沖縄がお好きということ裏付けるように、会場となった札幌市教育文化会館大ホールの入り口には、見事なアートフラワーが展示され、南国の花、極楽鳥花や胡蝶蘭がアレンジされていました。そして、案内パンフレットの表紙は“シーサー”がデザインされ、来場したお客さん全員に沖縄のお菓子“ちんすこう”が配られました。そして賛助出演ということで、沖縄から琉球舞踊の比嘉涼子先生が登場、創作舞踊『平成の宴』。お弟子と北海道在住の琉球舞踊関係者が、雅な御冠船踊り『四つ竹・踊いクワディーサー』。そして比嘉涼子先生が雑踊り『鳩間節』と三題御披露下さいました。まさに、日本舞踊の襲名披露舞踊公演にして、南北の文化交流という側面も見事に持ち合わせた意義深い公演になりました。四代目家元・若柳旭甫先生はじめ、プロデューサーの松岡さんに改めて敬意を表したいと思います。ありがとうございます。写真は、私の右が比嘉涼子先生、左がお弟子さん。 2005年10月15日
なぜ北海道で司会を?実は理由があるんです…
今回襲名披露した四代目家元・若柳旭甫先生が、福之助の時代、御夫婦揃って沖縄が大好きで、旅行でおいでになったとき、2000年サミットの各国首脳会談が行われたブセナの万国津梁館(ばんこくしんりょうかん)をご覧になり、強いインスピレーションを受けます。「私はここで踊りたい!」。しかし、そう簡単に民間にお貸しできない会場、それが万国津梁館。そこで、北は北海道の日本舞踊、そして南は沖縄の琉球舞踊の文化交流会という形でお願いしたところ、使用許可が下り、公演は大成功でした。その時、日本舞踊はともかく琉球舞踊を解説してくれる司会者が沖縄にいないかという話になり、それなら、沖縄に北海道出身のアナウンサーがいるよと、私、柳 卓の名前が挙がり、お手伝いをしました。その時も、司会者として舞台袖に立ち、お客様に見える形で舞台進行をしました。それが、好印象として残っていたらしく、今回のご指名になりました。御縁を大切に良い体験をさせていただきました。プロデューサーの松岡さんの伝統を重んじながらも、果敢に新しいやり方に挑戦する姿にも感動いたしました。上の写真は、「長唄 風流陣」で“嵐の鬼”を演じた四代目家元・若柳旭甫先生。下は、華やかな衣装をまとった出演者の皆さん。
2005年10月15日
お待たせ!北海道報告です!里帰りの北海道で楽しい体験
北海道から帰ってきて、なかなかブログの書き込みができず失礼いたしました。しばらく北海道オンパレードとまいりましょう。今回、遅めの夏休みでしたが、実は、里帰りだけの目的ではなく、興味深い仕事を北海道でさせていただきました。ローカルアナウンサーが県外で仕事ができるという体験は滅多にありません。実は、本格的な日本舞踊のステージ司会を体験いたしました。アナウンサー生活30年にしてまた一つ勉強させていただきました。先日、札幌市教育文化会館大ホールで行われた『吉松派若柳流四代目家元若柳旭甫襲名披露舞踊公演』の舞台司会を担当いたしました。普通、日舞の舞台進行は陰アナ、いわゆる場内アナウンスなんですが、プロデューサーを担当した吉松派若柳流本部事務局長の松岡は
じめさんのアイデアで、いくつかの演目をステージ袖に出てお客さんに見える形で司会進行するというやり方を取り入れました。おおむね好評だったとのこと。司会者としてはホッとしました。写真は『連獅子』。音曲はもちろん生、地謡の皆さんも長唄や常磐津、清元などそれぞれに人を配し滅多に見られない本格的なステージでした。 2005年09月30日
♪ここは東京のどまんなか~♪
年輩の皆さんにとっては懐かしい歌手、佐々木新一さん。『あの娘たずねて』『君が好きだよ』などの大ヒット曲があります。まさに一世を風靡した大スターの時代がありました。高いハリのある甘い声は、三橋美智也の再来といわれました。彼のヒット曲をカラオケで歌うお父さん達も結構多いのではないでしょうか。津軽のご出身。その後、地元を中心に活動していたそうですが、数年前から本格的な活動を再開しました。復活して出した新曲が『夢街道』。そして11月には『北のわらべ唄』という新曲が出るそうです。これから定年を迎える“団塊の世代”の方々ためにも、大人の鑑賞に耐える、そして歌える歌をガンガン出してほしいものです。今回は、沖縄リージョンクラブでのショーのため来沖。私が担当しているラジオ番組に出演して下さいました。普段はこんな若い格好してるんですね。記念のパチリ! 2005年09月29日
遅~い夏休み!
2005年09月29日
TINGARAって知ってる?
2005年09月13日
とっておきの1枚、大公開!
3人の美女に囲まれた私
写真に向かって
左が夏川りみちゃん
右が普天間かおりちゃん
その右が石嶺聡子ちゃん
沖縄出身の若手アーティストが一堂に会するのは珍しい。
琉球放送創立50周年記念イベントの一つとして行われたコンサート。
一つのコンサートを3人でやるなんて、なんと贅沢なことか。
当然、コンサートの司会は、私、柳 卓がやるはずだった!…残念!
続きを読んで!
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2005年09月08日
糸満の兼城小学校に行ってきた!
PTAからの依頼を受けての講演。集まって下さった父母の皆さんは、みんな私よりも若い世代。私がヤング向けの深夜番組をバリバリやっていた時代の中学生達の年代。あの当時のファン達が小学生の子供を抱える大人になっていたとは…感無量!今は“柳 卓のシャキッとi”を聴いてくださっているとのこと。ありがとうございます。講演内容も喜んでもらえました。皆さんの中に入ってパチリ!
※兼城(かねぐすく)小学校
講演後、昼食会を設けてくれました。参加したのはPTAの中心メンバー4人と私。行った先は、8月のブログで紹介した「沖縄そば・きらら屋」。おじゃましたのはあの時以来。注文したのはもちろん、アサリ飯がついた“きららそばセット”。メンバーのひとりが、自分にとって麺の量が多いというので、食べる前に半分いただいた。食べ始める…やっぱり美味い!麺も硬めでいい!スープのダシが効いていい!沖縄そば一杯半完食(スープも1滴残らず…)。アサリ飯も絶品!相変わらずすべてお見通しの涼しげな目をした代表の石原さん。今日のアサリ飯の出来は特に良いとのこと。いい仕事してるなぁ!五人でユンタクの花も咲きました!
「沖縄そば・きらら屋」について詳しく知りたい方は、8月1日のブログを見てね。
2005年09月07日
“いっこく堂”が中学生の頃…
沖縄出身の“いっこく堂”がブレイクする前のこと。当時私は、テレビのバラエティー番組『ゆん卓サンデー』を担当していて、録画当日、出演者控え室に、ちょっと変わった腹話術をやる青年がやってきました。本名は玉城一石(たまき・いっこく)。それで芸名が“いっこく堂”。なんだか漢方薬局みたいな名前だと思ったものです。しかし、私達番組関係者を前に彼が見せてくれた芸は、あまりにも見事で、今までに見たこともない腹話術で、今では皆さんがよく知っている芸の数々ですが、初めて見た時は実に驚きました。もちろん早速テレビに出てもらいました。ただ気になったのは、時々、“いっこく堂”の私を見る目がハート型になることでした。すると彼はこんなことを言い出しました。「僕が中学生の頃、柳さんの深夜番組を毎日のようにラジオで聴いていました。僕にとっては柳さんスターです!」 最初はリップサービスかなと思いましたが、私が当時担当していたいくつかのラジオ番組のタイトルがスラスラと出てきましたので、信じることができました。そして、それからまもなく“いっこく堂”は大ブレイクします。今や世界的なパフォーマーとして、自分のオリジナルスタイルを確立した“いっこく堂”。どんなに有名人になっても、おごらず、威張らず、気さくな“いっこく堂”。人形達も気軽に見せてくれた“いっこく堂”。これからも大活躍してほしい!…そして私の自慢…“いっこく堂”の携帯番号知ってるんだも~ん!そうだ、“いっこく堂”は、かつて左朴全さんが歌ってヒットした『老人と子どものポルカ』をガイコツくんのボーカルと子供たちの声で、CDを出しました。レコード店で探してみてね。 2005年09月07日
8月の「北の会」は野外バーベキュー!
北海道人会「北の会」、今月は、佐敷町にある厚生年金休暇センター・ウェルサンピア沖縄で野外バーベキューとしゃれ込みました。お天気にも恵まれ、みんな楽しく美味しく、お肉や野菜を突きました。奇しくも、ウェルサンピア沖縄のセンター長・山田さんは北海道出身で「北の会」のメンバー。去年までのセンター長の栗原さんも北海道出身で「北の会」のメンバーでした。2代続けて北海道出身の方とは珍しくそして嬉しい!山田さんの計らいからか、何やら3000円の会費以上のお料理が出ていたような気がしました。佐敷町で果樹園をやっている川合さんがドラゴンフルーツを振る舞ってくれ、北海道に帰った成田さんからは、生トウモロコシが届き、ウェルサンピアの係の方に茹でてもらい皆で舌鼓。嬉しいことにこのブログを見て、わざわざ久米島から今井さんが参加して下さいました。なにしろ久米島ですから毎月という訳にはいかないでしょうが、出来る限り参加したいとのこと。頼もしい!。そして今日も、このブログを見て参加したいという方から電話をいただきました。「北の会」盛り上がりそう! 2005年09月07日
頑張れ!REINAちゃん!
REINAちゃんは、沖縄アクタースクールを経て、『長崎歌謡祭』で優勝し、鳴り物入りでメジャーデビューを果たしました。中西玲奈ちゃんのことです。安室奈美恵ちゃんや、MAXのメンバーが同期です。ところが、自分が目指すものとは違和感を感じ、結局沖縄に帰ってきます。そして、自然体でやっていこうと心に決めセルフプロデュースでインディーズデビューを果たします。マネージャーも付かず、コツコツと自分で放送局などを回っています。「新たな旅立ちで不安な面もありますが、自分の選んだ道を信じて、歌を歌っていきます。応援ヨロシクお願い致します」とのこと。皆で応援しよう。ニューアルバム『REINA・想いでの夏』聴いてみて!オデコが広くて、可愛くて、小顔のREINAちゃん。てゆーか、俺の顔がデカイ!そしていつものように、
お茶目な小林真樹子が決めてくれた! 2005年09月07日
模合、やってます!
模合(もあい)、沖縄の皆さんにとっておなじみの親睦会ですが、他府県の方はピンときませんよね。今ではほとんど親睦の意味をもった飲み会ですが、もともとは、私的な金融互助組織。年配の方なら、頼母子講(たのもしこう)、無尽講(むじんこう)というと理解できるかもしれません。その昔、商売を始めるにしても、農業の機械を購入するにしても、貧しい土地柄ですから、まとまったお金を用立てる術がありません。そこで“模合”を起こします。例えば、20人の人が毎月10万円ずつ持ち寄ります。合計すると200万円、それをひとりが受け取ります。200万円が手に入ります。そうやって、20カ月かけて毎月、順番に200万円を回します。銀行で言うならば、まとまったお金を融資してもらって、毎月返済するようなもんです。銀行制度がまだ確立されていない時代から続いている沖縄の知恵です。しかも、早く取った者は、プラスαの利子を付けて月々の金額を払っていきます。ですから1番最後に取った者が、多少儲かる仕組みになっています。ただ、商売をやっている人は、毎月の売り上げの100万円とか200万円を持ちよるもんですから、参加する者が10人とか20人になると、1000万円から2000万円以上のお金が一度に動くものですから、ひとりでも脱落すると、“模合崩れ”といって大変なことになります。中には、まとまったお金を手に他府県にトンズラする人もいて、2度と帰って来られない人もいるということです。ですから、よほど信頼できる人としか模合は起こせないのです。さすがに現代では、高額なお金を出しての模合はなくなりました。ほとんどが親睦模合です。中学、高校の同級生たちとやっている“同級生模合”。たくさんいとこがいれば“いとこ模合”。職場の同僚達でやっている“職場模合”。社会人なってから知り合った者同士でやっている“異業種模合”。せいぜい1万円を回すかわいい“模合”です。集まっての飲み食いに3000円。私たちの模合も“1万円模合”で、毎月22日に集まるので、会の名前は“22会(ニーニーかい)”。ちなみに沖縄では、“ニーニー”とは“お兄さん”のこと。本当はおじさんおばさんばかりですが、自称、“ニーニー”、“ネーネー”達です。いわゆる“異業種模合”です。これでも私はメンバーの中では若手です。写真は、先月の模合風景です。メンバーは13人ぐらいです。沖縄では、この模合がいろいろな意味で大きな力を発揮しています。もっと知りたい方は続きをご覧ください。 続きを読む
2005年08月24日
右手にマンゴー、左手に北海道メロン!
故郷が北海道であることの嬉しい事。
その一つ、夏場になるとドカンと送られ
てくる北海道メロン。そしてこの季節、
沖縄ではマンゴー。マンゴーと北海道
メロンが同時に食べられる幸せ。
両方とも実に美味い!
マンゴーと北海道メロンはまさに南北果物の両雄!

ヒンシュクなので、今まで周りには黙って
いましたが…北海道メロンは食べても
普通は一切れ。それをカンと二つに
割ってスプーンでほおばる。まさに
至福の極み!ひとりでお腹いっぱい
食べてごめんなさ~い。
しかし、実は、私が沖縄に来た頃は、「メロンが嫌い」という
人が多かったのです。一体それは何故?「沖縄メロン物
語」は続きをご覧あれ…
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2005年08月24日
財布の中に2千円札ある?
私が担当しているラジオ番組『柳 卓のみみぐすい』の中のゲストコーナー、『ゆん卓広場』に先日、日本銀行那覇支店長、大澤真(おおさわまこと)さんをお迎えしました。年輩のカチッとした方と想像しておりましたら、実に若々しく、物腰が柔らかく、お声もソフトで、かりゆしウェアをお召しになっていらっしゃいました。今現在、2千円札が、思ったほど世間に行き渡っていないとのことで、「もっと使ってください」とPRするためにラジオに出て下さいました。そういえば思ったほど2千円札を手にすることはありません。「2千円札は受けが悪いので、日銀が回収を始めやがて市場から消えて行く」何ていう噂も流れたほどでした。これは真っ赤な嘘。日銀としてももっともっと流通してほしいのです。商売をやっている方は、お客への釣り銭や従業員への給与などに積極的に取り入れてほしいとのこと。あるいは、まだ珍しいのでお財布の中に記念に入れたままにしてやしませんか?「日銀がせっかく発行しているのに、お財布の中で発酵してしまいますよ」何て、冗談もおっしゃってました。
2千円札ってじっくり見ると、グリーントーンの色合いでなかなかきれいなお札ですよね。表の図柄と、透かしには、“守礼門”が使われています。平和を愛する沖縄の“守礼門”がデザインされているということは、2千円札は“平和希求紙幣”と言えるのではないかともおっしゃってました。

そこで、私、柳 卓始め番組スタッフが、大澤支店長により“二千円札大使”に認定されました。この写真が、「2千円札大使認定証」です。認定されてこんな名誉なことはないと思っていましたら、誰にでも配っているそうです。「柳さんもいろんな人に配ってください」と、何枚か頂きました。期間は9月末までとのこと。2千円札大使になりたい方は、日本銀行那覇支店に御連絡下さい。
2005年08月23日
久々のテレビ出演! 『ジョートーTV』
町中で声をかけられる時に「いつもテレビ見てますよ」と言われると正直戸惑う。実は私現在は、テレビのレギュラー番組は無いのです。確かにかつては、トータル15年ぐらいにわたって、バラエティー番組を中心に、いろいろ担当させていただきました。番組から次の新番組へのブランクも含めれば20年以上テレビをやって来ました。お蔭様で、ラジオは今でもレギュラーを持っています。できるだけ長くしゃべっていたい。これが私の本心です。ところで、先日、久々に、
狩俣倫太郎君司会の“ジョートーTV”に出演しました。
テーマは“東京のリトル沖縄”。内容はクイズ形式。他府県出身のアナウンサーと言うことで、長野県出身の小山康昭、東京
出身の箕田和男、そして北海道出身の私、柳 卓の3人がゲスト回答者。3人揃ってのテレビ出演は、実は初めて。3問中2問正解の
私、柳 卓と小山康昭さんでトップ賞を分け合いました。
写真、左から私、小山さん、ミノちゃん
詳しくは小山康昭さんのブログも御参照下さい
2005年08月23日
何てことを!駒大苫小牧暴力事件!
2005年08月23日
夏の高校野球選手権大会 駒大苫小牧優勝!
沖縄在住30年の私としては、春夏の甲子園、当然沖縄勢を応援することになります。ところが今年の夏は、県代表の沖縄尚学(ちなみに私の息子の母校です)が2回戦で負けてしまったので、北海道出身の私としては当然北海道を応援するわけでして、見事、駒大苫小牧が夏の大会2連覇を果たしました。それにしても、かつては甲子園で、沖縄勢と対戦して負けていた北海道、沖縄の対戦相手が北海道に決まるたび、回りから「柳、ありがとう」と言われたものです。いつも当時の強豪・沖縄水産の“餌食”になっていました。そういえば、私の母校(札幌開成高校)も一度だけ甲子園に出たことがありました。その北海道が本当に強くなりました。夏の大会の連覇は57年ぶり、史上6校目、まさに偉業達成です。職場の小さなテレビで応援。優勝が決まった瞬間の写真です。 2005年08月12日
突然!マキマキがニョキニョキ!
とっても若々しい与世山澄子さん。
私と、与世山さんの胸元に、
一緒に番組を担当している小林真樹子が突然、生えてきました。
相変わらずお茶目な“マキマキ”です。
小林真樹子のブログでも与世山澄子さんを御紹介しています。あわせてご覧下さい。





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