2006年09月16日
マンガになりやすい顔
引っ越しの時、面白い
雑誌を見つけました。
昔、柳 卓がコミック雑誌の
表紙になったことがあります。
随分前に発刊されていた
隔月ローカルマガジン
『コミックおきなわ』
平成元年10月1日発行と
あります。
もう17年も前の雑誌だけど
このマンガ、柳 卓に似てる?
2006年09月11日
飲めや!歌えや!

先日、知り合いのスナックのカラオケが最新式に模様替えしたので、『柳 卓のシャキッとi』の“あまくま情報火曜日、ドクター久高の患者学”を担当している那覇市立病院の久高学先生と、講演などでお世話になった“久茂地公民館”の西原紀美乃さんと西原さんのお友達、そしてわたしの4人で、カラオケ歌いまくり。
私の歌を聴いて久高先生曰く「新聞には、元々音痴と書かれていたので柳さんはもっとヘタだと思っていた」。へへへっ、でも久高先生もマズマズでしたよ。
で、びっくり
したのは西原さん、遠い昔ウンと若い頃シンガーをやってただけあって上手い!しかも歌うほどにエンジンがかかり太く厚みのある声は他を圧倒しました。高橋真梨子と天童よしみを足して2で割った感じ。久高先生は飲むほどに歌うほどにだんだん陽気に壊れていきした。久米にあるスナック“美情(みなさき)”のママさんも入ってハイ!パチリ!楽しい一夜でした。
2006年09月08日
9月6日(水)沖縄タイムスの夕刊見てくれた?

沖縄タイムスに載っちゃいました。
9月6日水曜日の夕刊“ダーヴァ”の特集記事『ロハスな時間』~わたしのイチバン~。今まで後輩たちが記事を載せていましたが、私にもお鉢が回ってきました。
何しろ情報の最先端にいるアナウンサーと思われがちなので、内容もかなりセンスアップされたものだろうと思いきや、中年のおじさん達の定番中の定番“カラオケ”しかもムード歌謡。コテコテのベタベタです。
ムード歌謡は他の唄と違って、ムーディーで妖しげな演技力も要求されるので、歌うというより演じてるという感じ。なりきることもできれば、一つズラせば“お笑い”にもなります。だから楽しいの。
自称、“沖縄軟弱歌謡愛好会・会長”オカマチックな私の唄、聴いてみる?沖縄のカラオケの歴史を知りたい方は続きをどうぞ!
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2006年09月05日
アキラ!カンレキ!
9月4日月曜日、私の敬愛するアナウンサーの先輩、垣花章さんが定年を迎えました。
この日那覇市内のハーバービューホテルでは、章さんの“新しい人生の出発を祝う会”その名も『あきらは、これからも“あっ!キラキラ輝く”会』が盛大に催されました。
お客さんの数、約500人、各界の知名士、有名人の方々はじめそうそうたる皆さんが集まりました。
これもまさに章さんの人徳。交友範囲の広さにおいては右に出る者なしという章さんらしい賑やかな集まりになりました。私にとってありがたかったことは、私が
入社当時の知り合いの方とか仕事仲間…今どこでどうしているのか判らなかった方々とも再会を果たしたこと。あきらさんに感謝。
会の進行はアナウンサー仲間がリレーで担当しました。トップバッターは私と比嘉京子。結びの章さんの挨拶も感動的!そして奥様である紀子さんの挨拶も素敵でした。垣花章先輩の今後の活躍をお祈りします。
2006年09月04日
引越し狂想曲~!
私たちの職場が引っ越ししました。琉球放送の8階から9階へ。新館ができたりしてフロアの再編といったところです。何しろ、仲間うちでいちばん荷物が多い私。9月2日金曜日から次の日にかけて徹夜でひとり引っ越し作業、そのまま『柳 卓の耳みみぐすい』に突入、知り合いからは「さわやかで、元気よくテンポのいいおしゃべりでしたよ」と言われて苦笑。番組の後も引っ越し作業は続き、夕方、新しい自分の席にて1時間ほど爆睡。日曜日からは、パソコンもつながり、早速『柳 卓のシャキッとi』の仕込み。写真左は、引っ越し先9階。まだ机の上に段ボールが…。
主がいなくなった8階。ガラ~ンとしています。遠くにある本棚、私の置き土産です。
2006年09月04日
真夏の夜のバーベQ
先月末、北海道人会“北の会”が佐敷のウェルサンピア沖縄で、ありました。中庭が、バーベキューの会場になっていて、9月いっぱい金・土・日のみの営業。はっきり言って穴場です。お肉をタラフク食べて大満足。
新人アナウンサーの山野本君と田久保君も“北の会”のメンバー。なぜ入会しているかは彼らのブログで、わかるんじゃないかな?
2006年08月21日
妖しげな…写真

『柳 卓のみみぐすい』の
担当ディレクターK子さんのデスク。
ピンキーで派手なデスクの中に
“男”の写真が!
誰だ?この男は!

拡大してみると…けっこういい男!
いったいこの男は?知りたい人は
続きを!驚愕の事実に身も凍る!
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2006年08月16日
ペチャ子…さようなら…合掌
先日のミーミに続いてペチャ子まで死んでしまいました。交通事故でした。いつでもどこでも妻とベッタリの犬でした。その日も妻と車で出かけ、車から降りると、いつもですと真っ直ぐ玄関から家の中に入る犬なんですが…妻もそう思っていたら…家の中にいないことに気がつき近所を探したのですが見つかりません。夜遅く帰ってきた私も「ペチャ!ペチャ~!」と呼びながら近所をまわったのですが…声を聞いたらペチャ子は必ず走ってくるのに。次の日の
早朝、私が車で職場に向かう途中、環状2号の中央分離帯の脇に横たわっているペチャ子を見つけました。車にはねられたようです。
ペチャ子は今はやりのミックス犬のはしりで、ただの雑種ではなく、父はミニピンシャーで、ドッグショーでチャンピオンになったことがあり、母はパグです。ブリーダーの方が繁殖期が過ぎているので大丈夫と、2匹をひと晩同じゲージの中に入れておいたらできてしまったそうです。店内には高額な値のついた犬たちが並ぶ中、失敗作と思ったのかブリーダーの方は、雄雌2匹をそれぞれ2万円で売りに出していました。見るだけで吹き出してしまう顔でしたが、以前にパグを飼ってたこともあり雌のほうが気立てが良いだろうと1匹を買うことにしました。するとブリーダーの奥様のほうが、当時私が担当していた番組のディレクターの“子守り”をしたことがあるというお姉さんで、それが縁で1万円にまけてくれました。しかも犬用のミルクやドッグフードまでどっさりつけてくれました。ただ妻に内緒で衝動買いしたことだけが気がかりでした。その日家に持って帰ると、案の定、妻は「何?この犬!私、こんなヤナカーギー(沖縄の言葉で不細工な顔をしていること)嫌よ!」。しばらくはフクレテいましたが、不思議なもんで日が経つにつれて、ペチャ子の不細工な顔がだんだんと何とも言えない可愛らしい味のある顔に見えてきたのです。それ以来、妻は犬なのに猫っ可愛がりして、ペチャ子は妻の腕枕で毎晩寝るようになったのです。気性の穏やかな犬で決して噛んだりはしません。口の中に手を突っ込んでも決して歯を立てたりはしませんでした。つぶらな瞳で人の顔をジーッと見る犬でした。ですから人間と同じように可愛がられていました。私もショックですが、妻はもっとショックでしょう。歳は7歳か8歳ぐらいと思います。我が家で穏やかに一生を送らせてあげたかった。…合掌。
2005年12月06日
だんだんデカくなる~!
我が家に迷い込んだピーコがどんどん大きくなります。
ペットフード屋さんから買ってくる“ヒヨコの餌”を与えていますが、よく食べて、よく出します。だから、風呂場に置いているとはいえ、結構掃除が大変です。
で、まだ、ピーコが何者かよくわかりません。
アイガモじゃないかという説が有力ですが、詳しい人教えて~
2005年12月05日
さよならミーミ…そしてありがとう
長いことブログの更新をせず申し訳ありませんでした。正直言ってバタバタと忙しい日々が続いてしまいました。気を取り直してブログを再開しようと思ったら、悲しいできごとがありました。我が家の家族の一員、猫のミーミが死んでしまいました。ここ1年、歯を悪くして、うまく餌が食べられませんでした。ドライフードは全く駄目で、柔らかいキャットフードも、食べては「ギャーッ!」と叫んで部屋中走り回る有様でした。ペット病院に連れていったら歯茎への塗り薬と飲み薬をもらったのですが、なかなかうまくできず、ミーミは少しずつ痩せて行きました。やがて食べ物を全くとらなくなり、猫は死期が迫ると外へ出ていこうとすると言われますが、ミーミもそうでした。でも、お家の中にとどめておきました。そして夜遅く、職場で仕事している私のもとに女房から「ミーミが死にそうよ」という電話をもらいました。帰宅したのは夜中、ミーミーは居間の板の上で横たわっていました。私が抱き上げると微かに「ニャ~」と鳴きました。そして、私に抱かれるの待っていたかのようにゆっくりと呼吸を止めました。ミーミとの出会い、私が夜遅く帰宅して車を止めて外へ出ると、どこからか「ミュ~」という子猫の鳴き声。どこからだろうと周りをキョロキョロすると、なんと生まれて間もない子猫が私の足元にまつわり付いていたのです。ススけて汚れた赤毛の子猫でした。私が家の玄関に向かうとついてくるのです。私は玄関のドアを開けて「おまえ、家の子になるか?」というと、スッと我が家に入って来たのです。それ以来、我が家の一員になりました。野良猫だったはずなのにやたら人なつっこくて、私のホッペや鼻の頭にキスをする、そして時々ガブッと軽くかじる可愛い猫でした…合掌 2005年10月25日
この鳥、なんという鳥?
ある日のこと、私の女房の実家の玄関の戸をコンコンと叩く者がいる。たまたまそこにいたのが私の息子。戸を開けて外を見ても誰もいない。するとどこからか「ピッ、ピッ」という小鳥の声が…。私の息子はいぶかしそうに上をキョロキョロしてから、ふと足元を見ると、なんと見慣れない小鳥がヨチヨチ歩いているではありませんか。卵から帰ったばかりのような雛。一体誰が持って来たのか?それともこのチビ助が自力でここまでやって来たというのか?謎だらけ。しかもこれはどう考えてもひよこではない。つまり鶏の子ではない。上半身は茶色、腹はベージュ、平べったいくちばし、そしてなんと言っても足は水かきになっている。アヒルか?鴨か?今のところ、家の中に犬も猫もいる危険だらけの柳家で発砲スチロールの箱の中で生活している。少なくとも生命力は旺盛で元気ものです。夜中、まるでおまえはキツツキかと思えるぐらい発砲スチロールの箱の中からドラミングをしています。誰かこの鳥の正体教えて~! 2005年10月16日
ススキノ交番の派手なこと…

さすが日本有数の繁華街
『ススキノ』。
夜はネオンギラギラの
まさに不夜城。
そのネオンギラギラに
混じって、『ススキノ交番』の看板までが
ネオンや周りの看板に負けじと明るく輝いていました。
こんな交番の看板は全国に無いそうです。
2005年10月16日
ポケットティッシュに困らない札幌
那覇市内を歩いていると、繁華街やデパート前などで、お店や企業の名前が入ったポケットティッシュを配っている人に出っくわすことがあります。札幌市内で面白いことを発見しました。CMが入ったポケットティッシュを街中で配るのではなく、お店やタクシーの中にドカンと置いてあって自由にお持ち帰り下さいになっているのです。他府県もそうなっていて、見かけないのは沖縄だけなのかもしれませんが、配るよりはるかに効率がよく効果があると思いました。
2005年09月29日
遅~い夏休み!
2005年08月24日
右手にマンゴー、左手に北海道メロン!
故郷が北海道であることの嬉しい事。
その一つ、夏場になるとドカンと送られ
てくる北海道メロン。そしてこの季節、
沖縄ではマンゴー。マンゴーと北海道
メロンが同時に食べられる幸せ。
両方とも実に美味い!
マンゴーと北海道メロンはまさに南北果物の両雄!

ヒンシュクなので、今まで周りには黙って
いましたが…北海道メロンは食べても
普通は一切れ。それをカンと二つに
割ってスプーンでほおばる。まさに
至福の極み!ひとりでお腹いっぱい
食べてごめんなさ~い。
しかし、実は、私が沖縄に来た頃は、「メロンが嫌い」という
人が多かったのです。一体それは何故?「沖縄メロン物
語」は続きをご覧あれ…
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2005年08月23日
何てことを!駒大苫小牧暴力事件!
2005年08月23日
夏の高校野球選手権大会 駒大苫小牧優勝!
沖縄在住30年の私としては、春夏の甲子園、当然沖縄勢を応援することになります。ところが今年の夏は、県代表の沖縄尚学(ちなみに私の息子の母校です)が2回戦で負けてしまったので、北海道出身の私としては当然北海道を応援するわけでして、見事、駒大苫小牧が夏の大会2連覇を果たしました。それにしても、かつては甲子園で、沖縄勢と対戦して負けていた北海道、沖縄の対戦相手が北海道に決まるたび、回りから「柳、ありがとう」と言われたものです。いつも当時の強豪・沖縄水産の“餌食”になっていました。そういえば、私の母校(札幌開成高校)も一度だけ甲子園に出たことがありました。その北海道が本当に強くなりました。夏の大会の連覇は57年ぶり、史上6校目、まさに偉業達成です。職場の小さなテレビで応援。優勝が決まった瞬間の写真です。





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